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質問への返答5

2011/04/14 Thu 23:54

 三脚に乗せた安定した画面に対して、手持ち撮影の不安定な画面。同一の者や物を撮影したならば、印象が変わり意味が変化する可能性があります。
 原則は三脚に乗せた安定した画面だとすると、三脚を立てているヒマがないから、手持ちキャメラで撮影しようなんてすると、とんでも無い事になるかもしれないのです。
 安定した画面は圧倒的に客観的な印象を作り、不安定な画面は主観的な印象を与えます。ドキュメンタリーでは、手持ち撮影で対象を追いかけていると、観客も同時に参加している印象を持ち易い。知らぬうちに感情移入させられている場合さえある。ワクワクしたり、ハラハラしたりがそれである。誰かを尋ねて行くシーンを撮影するときに、安定した三脚使用の画面よりも、手持ちで尋ねる人の肩越しなんかで撮影された移動ショットの方が臨場感を感じ易い。どちらにしろ、段取りが出来ていたとしてもです。ここが、映像マジックと言えば聞こえがいいけど、映像の嘘つきな部分です。この映像マジックが進むと、始めて尋ねたシーンでドアを開けて挨拶すると、次のカットではカメラが内側にいるなんていうのが有名ですね。この問題は、誰が何をどう表現して見せたいかだけの問題で、それを見た人が「変だろ」って思うのは、観客の勝手なんです。作り手には関係がない。別のいい方をすると、作り手の真意が伝わっていないって事です。
 ですから、民映研の作品でも、わざわざ手持ち撮影にしたり、三脚を準備したりと表現方法は考えられています。ただし、相手があっての仕事が多いですから、相手のリズムと都合に左右されるので、三脚が使いたくても用意するヒマがない状況がかなりあるのも事実です。
 最近の三脚は、脚を開くと三本の脚が均等に開くように工夫された物が多いのですが、あれも便利なようで不便な一面もありで、脚が一本ずつばらばらに開く三脚だと、一本の脚の位置を調整するだけでキャメラの水平がすっと調整出来るのです。ところが、三本一体で均等の開く最近の三脚では、三脚を立てると水平を取るが別の動きとなり一辺に出来ないのです。30年前に伊藤キャメラマンに教わった方法なんですが、いやー、今は昔の技術になりつつあります。・・・つづく。
をはら筆
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