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日の目を見る8

2011/04/13 Wed 13:40

 モノ作りの行程を記録した映像は、基本的に面白いものが多いのです。映画の学校などでは初歩の段階で「モノができるまで」なんて課題が出たりします。「何かの制作風景を分かり易く撮影して編集しろ」という課題です。料理番組なんかがまさにその課題通りに作られています。
 料理のように、エビデンスを中心に科学的数学的に作業を進めておきながら、突然「少々」とか「ひとつまみ」なんて感性に訴える文学的表現を平気で混ぜ込む作業を理解するには、動画はとても適したメディアであると思います。
 モノができるまでは、映像制作者の意図とは関係なくどんどん何かが出来上がってゆくのがいいのです。それらを丹念に撮影していけば、料理番組のように分かり易い作品に仕上がります。レシピをあとで提出すれば完全です。
 旧太田家修復復元作業も、モノができるまでの基本は整っている作業ではありますが、半分だけなくなった民家を、焼け残った部材も利用しつつ復旧するというのは、かなり複雑な工程で一から十まで眺めても容易に理解できないのでした。しかも、民映研の撮影スタッフは20年前の記憶がとても薄く、印象に残った事以外はきれいに削除された状態。しかし、文化財の修復作業ですから、立派な報告書が残っているのです。この報告書が大切な教科書となり、以後首っ引きで眺め回す事となるのです。
 58ロールの記録映像を試写すると、早送りでは気付かない事がありました。
 中村棟梁、その人です。棟梁が中心となって作業は進行します。というか、中村棟梁と助手の千葉くんの二人だけで進んで行くのです。もうひとり、なんでしょうか大工ではない助手のおじさんがひとり(氏名不明)。で、その中村棟梁なんですが、実に良くしゃべる。その言葉を聞いていると、江戸っ子の子孫的東京弁を使う。ビートたけしや、なぎら健一の言葉なんかがテレビから聞こえて来る東京弁です。東京生まれのシティーボーイの私的には耳に心地よい。しかしながら、これが作業に関係なくしゃべるのでやっかいだ。多分、編集で苦労するぞ。まだ、棟梁が画面に登場していれば救われるが、画面外で声だけ聞こえているのが始末に悪いのです。うるさい!少しは黙ってろ!って画面に語る自分が想像付きます。
 しかし、この棟梁の声はとても親切な解説でもあるんです。いちいち何をやっているかをスタッフに説明するので、その場にいなかった私でもそれがどのような意味を持つ行程なのかが、よーく理解できるのです。映像化されたモノを眺めるのは、客観的立場でいられますが、撮影中は、決して客観的な立場ではなく主観的に仕事をするので全体像が見えにくい事実があります。ですから、単純な作業をしているその意味までなかなか頭がついていかない。そこで、棟梁に質問をするのです。作業は梁材の復元。何本かある梁を復元する作業をその度に違うスタッフが撮影にいっているのです。で、その疑問を棟梁に投げかける。所長姫田がたずねる。丁寧に東京弁で答える。違う日。伊藤碩男さんが尋ねる。親切に東京弁で答える。違う日。青原君が尋ねる。「だからよー、いいか、もう一度説明するぜ、いいかい。」と凝りもせずに答える。まー、青原くんが質問したのはこのときが始めてなんだけどね。
これはいったい何を質問していたかと言うと・・・つづく・
をはら筆
 
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