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明日、所長姫田が使用する映像の編集作業の仕上げを行った。民映研作品No56「わたしたちのまち・自然・いのち」34分と民映研作品No57「陸奥室根の荒まつり」57分と民映研DVD作品「遥かなる記録者への道」75分と一本化し60分以内にする仕事。
「わたしたち~」と「室根~」を合わせて29分30秒にした。残りは30分30秒なり。「遥かなる~」を約45分の映像を切って捨てる作業。義理も人情もない非常な世界。有無を言わせずばっさりといくのだ。幕末の京都を行く岡田以蔵の気分。
映像製作とは、グループワークです。様々な職種が知恵を出し合う仕事です。様々な職種をまとめる業種が監督業。映画の筆頭の代表者が監督で何かにつけて個人名で登場するので監督が一番偉いと思っている方もいると思われますが、黒沢明クラスならいざ知らず、監督は現場監督以外の何者でもないのが事実。
数ある映像の職種の中から私は「撮影」を選択した訳です。ですから、キャメラマンとして撮影に責任を持っていれば本質的には十分です。しかし、記録映画・ドキュメンタリーの世界では職種の細分化はあまり行われていません。なぜか?第一には低コスト主義、いやいや貧乏だからです。資本主義経済の底辺を汚す程度の必要性しか認識されていないからでしょうか。チェーン展開するほど儲からない業種であるのです。
ですから、一人なん役もこなす旅一座的システムなのです。所長姫田も決して器用な方ではありませんが、映画用録音機で同時録音を行う事も出来ましたし、スタッフのやりくりが付かず所長自らキャメラを回す暴挙も存在します(某作品にそのカットが採用されているのですが、本人は必ず「これは僕のショットだ」と言い添えます)。
で、私も映像製作のほぼ全てを行う事が出来ます。若輩の頃から民映研へ出入りしていたお陰でもあります。撮影以外の職種で何が好きかと問われれば「編集」と答えます。情け容赦ないハサミが使えるのです。はい、ただの自慢です。
「遥かなる~」でも自慢のハサミを使いまくりました。をはら方式の編集は行ったり来たりしません。新作ならば頭から順番に画を並べ音を足し文字を加えながら、端から完成させて行きます。普通は画を最後までまず並べてから、その他の細かい部分に手を付けるのですが、をはら式編集論はちょっと違う訳です。短縮版編集もファーストカットから順番に切って足して行きます。取り敢えずとか、仮にとか無いのです。30分なら30分に仕上げる。取り敢えず40分にしてあとからもう一度10分切るとかの計画は無いのです。端的に言うと無計画にばっさりばっさり切って行くんです。ですから「オレはマジ天才かもしれない」と本気で年中、感じたりします。
下打ち合わせでの所長姫田のアイデアを取り入れながら、切り刻んだ「新編・遥かなる記録者への道」は自慢の一品に仕上がりました。是非本編と新編を比較してご覧頂きたいのは山々ですが、この短縮版は一般公開用作品ではありませんので、みなさんのお目を汚すチャンスはないですねー。残念。
明日は日本映画大学で「スタートアップ演習」が行われます。各授業がプレゼンテーションを行い、学生はどの授業を履修するかの判断材料にするのでしょうか?所長姫田も特別授業を受け持つので、明日2時間半のスタートアップ演習を開講するのです。それに使用されるのが、突然思いつき編集された1時間の本作品なのです。東日本東北大震災大津波を受けて、民映研作品から三陸が登場する二作品を折ませたスペシャルバージョンです。繰り返しテレビで流れた被災地の風景や津波の映像が脳裏にある学生諸君は、本作品から何を読み取りますかねー。所長姫田渾身の一作。返す返すも一般公開作品でなく残念だ。
をはら筆





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映像作品から
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