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省エネ

2011/04/02 Sat 13:54

 所要で山陽道方面へ出掛けた。岡山駅で新幹線から在来線へ乗り換えた。乗り換えのホームに立っていて気が付いた。蛍光灯が全部付いていると。

 今の東京は実に薄暗い。電燈は点灯しているのですが、三つに一つというバランス。夜道が実に夜道らしい。自販機は前面が蛍光灯でかなり明るい物体だった。それも消灯中。販売はしているが暗がりにひっそり立っている。お陰で道路が暗い。
 地下鉄も半分に消灯中。薄暗い。
 日中のJRなど地上を走る電車も車内も消灯ホームも消灯。都市部にトンネルなど無いが跨線橋をくぐるときなど暗くなってびっくり。
 この薄暗い東京を歩いていると、外国を歩いている気分がする。思えば、外国は薄暗いのだ。薄暗いを通り越して暗い。パリだろうがロンドンだろうが暗い。しかも白い蛍光灯ではなくナトリウム灯のオレンジの光だから余計に暗い。
 夜の地球の写真を眺めると、どこよりも日本列島は明るい。しっかり地図の形に輪郭が見える。真っ暗な所が殆どない。あーこれほど明るいのか。それほどの明かりが必要か?
 今回原発事故を受けての輪番停電で節電をかなりリアルに実行している。現在は発電量が足りなくなるかもしれないので、節電を行っているのだが、節電された世界のままで十分なのだと、みんなで気が付きたい。電車やエレベーターはしっかり動かして、必要ない電気は使わない生活。薄暗い暮らしを取り戻したい。
 アイヌのチセには電気はない。三面の曲り屋にも電気はない。白川郷の合掌の家にも電気はない。囲炉裏の炎だけが夜間の明かり。日が暮れたら寝ていた。日が昇り明るくなったら働いた。
 そこへ電球がやって来て、人の活動時間を延ばす事が出来た。大いに働き、どんどん便利になり、そして色々失った。という事だろうか。
 西日本には節電は無かった。無用な蛍光灯がホームに輝いていた。要らない電気を使っているなんて誰も感じていない。無用で不要なホームの明かりにだって電気代は掛かっている。巡り巡って乗車券代金となり、無用で不要な電燈を利用させて貰っている私たちが払う。あーあ。
 最近民映研のブログに良く登場させている青原監督。彼が民映研にやって来た頃の話。
 私と二人で、鹿児島県吐噶喇列島にいた。十島村の子宝島にいた。一周徒歩で20分の小島。港の横に天然温泉がある。夜半そこへ二人で向かった。
 民宿にはもちろん電燈がある。港の横の温泉にも街灯がある、しかし、そこへ行くまでの道中には街灯はない。懐中電灯を消すと真っ暗になる。
 歩きながら懐中電灯を消した。多分新月で曇りだったのだろう。真っ暗になった。とたんに青原監督いや当時は通りすがりの映画好きな青年で民映研の仕事の手伝いに来ていた助手は「わー」と騒いだ。「真っ暗じゃないですか!」彼は真っ暗を体験した事が無かったのだ。世の中に真っ暗なんて人工的に作らなければないと思っていたらしい。私は「へー」そう言う人もいるんだと逆にびっくりした。
 真っ暗はいささか不便であるが、かなり薄暗くても人は順応して生きていくと思うのだがなー。
をはら筆
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