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日の目を見る4

2011/03/20 Sun 17:47

事の始まり4
 曲がり材で梁を組むのはかなり技量がいる。まっすぐな材を直角に組むのとは訳が違う。工作が得意な人ならすぐわかる。勝手気ままにぐにゃぐにゃに成長した樹木ですから。
 寺社などの建築でわざわざそれを選択する事はありそうですけど、基本的に針葉樹やケヤキやクリのまっすぐな材の方が扱いやすい。しかし、それらは貴族や武家に優先権があったみたい。で、農家や商家では使えない。でも大きな家を建てたい。そこで曲がった材を利用したなんて理由もあったようです。
 材だけの話ではなく、当時17世紀にも建築基準法的なルールはあったらしい。それには様々な決まりがあったらしいが、その一つに農家や商家の建物の建坪率というか容積率的なものがあった。つまり、あんまり大きな建物を農商人は建ててはならんというルール。農家はお城みたいな建物を建てるのはだめだったんですよ。現代みたいに金さえあれば節操なくという時代ではありません。でも、作業効率の良い広い家が欲しい。そこで家の横に作業場を作った。そこは土間で雨の日の仕事も出来るし、乾燥場にもなるし、煮炊きする竈もある。土間なので水も使えて超便利。しかし、家(屋敷)とは別棟で建っていたので、ちょっと不便。そこで家の真横に引っ付けて建てた。家と作業場の壁に穴を開けて行き来出来るように工夫した。これは超便利。しかも別棟なので容積率でも役人に叱られない。いいじゃんこれ!っていうんで、いっそ壁をすべて取っ払う事にした。なんと、そこには巨大な空間が!いろり端から広大な土間が広がるのです。
 しかし、問題もありました。軒を寄せ合い壁を取り払っているので、一つの空間に感じても外から眺めれば寄り添う二軒の家です。つまり、雨が降ると雫は屋根を伝いポタポタと落ちる。そこは室内。そこで幅の広い樋を軒が合わさった所へ設置したのです。普通は、茅葺き屋根に樋なんて有りませんよね。
 この罹災した分棟型民家は何度も改築されていますが、途中では厩も併設されたりします。何百年と利用し続けるには、普遍不変では対応仕切れないのですね。時代や暮らしに併せて自由に生きざまを変える。一つのスタイルに執着しない事が大切です。形があろうがなかろうが、理由があろうがなかろうが、天罰だろうがご褒美だろうが、すべてのものは変化し場合によっては消え去る。・・・つづく。
をはら筆
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