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続・埼玉の押し絵羽子板 

2011/03/05 Sat 12:29

 ビデオテープの単価はフィルムに比較すると著しく安価なんです。何しろ現像もプリントも必要ないのですから!初期設備投資で映像制作が可能な訳です。貧乏なチームに幸アレ!
 今まで、もっと撮りたい処を限りあるフィルム量をやりくりしながら我慢の仕事を強いられていた演出者や撮影者はガリガリ撮りました。楽しくて、うれしくて、愉快で。あれも撮り、これも撮り、それも撮る。とにかく全ての出来事は、今目の前を通り過ぎて行く!まず撮影して料理方法は後で考えようと。まるでメモのように撮影したものです。
 でもね、これらの映像はメモ以上にはなりにくかった。メモとしては、音声もあり動きもありですから便利この上ないのですが、ワンカットに込める力は弱くなる。どんな力なのかは定かではありませんが、確かに力がなくなった時期がある。なんか気が散ってるって感じでしょうか。素材を編集して作品になるときは、カットを厳選しますから気がつきにくいのですが、編集で省かれた夥しいカットには無駄が多いのは事実。
 これがビデオ導入時に生じた弊害です。それでもだんだんとこなれてきて、コストパフォーマンスの高さを上手に利用した取材・撮影方法に変化進化していった訳ですがね。
 その進化系の撮影になれた目で見ると羽子板は懐かしくもあり、古くさくもありではあります。
 メディアによって表現が変わり、受け取る印象が大きく変化する。これは大切な問題も含んだ命題ですね。現在、再びメディアの改革改変が映像業界では起きています。ビデオテープに記録した映像を「古くさいねーこの表現は!」なんて時代が来るのです。
 押し絵羽子板の押し絵師など職人さんたちは、今でもこの作品とほとんど同じ行程で作業し羽子板を生み出していると思います。つまり作品の中身に関しては著しく古くなっているのではありません。
 21世紀の今日、羽子板が必要ですかと問われれば「・・・」不要と簡単には答えられないながらも、必要だと胸を張って答える勇気もない。羽子板は日本の文化と呼ばれるカテゴリーの中で細々ながら生きている。東京・浅草での羽子板市は年の瀬の風物詩としてニュースネタの定番であり続けてもいます。「埼玉の押し絵羽子板」は作品の印象こそ古くささは否めませんが、そこに記録された事実は未だに不変であり普遍な事実が存在しているんです。
 歴史の事実を記録した映像を観ると過去が具体的に垣間見られます。でも明らかに過去ですね。ところが、「埼玉の押し絵羽子板」に代表される昭和の職人技の記録映像は単純な過去じゃない。普遍の今も写っている。そこが面白いじゃありませんか。了
をはら筆
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