スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

三つ紐伐り顛末

2011/03/01 Tue 12:11

その11
一緒に先乗りしようと思っていた所長姫田が風邪を引いた模様。もちろん大事をとる。
残念ながら演出者不在の撮影となった。それも仕方なし。肺炎へのリスクは負えないよねー。
翌日12月3日朝、機材を自動車に積み一人で浜松へ出発。沢幡さんは別件の撮影があり夜の新幹線で合流予定。
三つ紐伐りが行われる山は、天竜川右岸。浜松市内から北上するとすぐに山間部となり天竜川の幅は狭まる。天竜川左岸を北に上ると火伏せの神様で有名な秋葉神社の総本社がある。

天竜川沿いに自動車で10分ほど北上した辺りに目指す植林地はあった。舗装された林道から沢沿いに植林地の山道を登る。社長の話の通り10分ほどで少し開けた空間に出た。周りの杉は20年生程と言う。その広がりは谷地とでも呼ぶのがふさわしい窪地。沢の水が集まりジメジメとしている。うっかり歩くとスネまで沈む。20世紀の終わり頃までここは田だったそうである。大した耕作面積もなく、アクセスも悪いが米を収穫していた。
林道から平面距離は近いが登りである。植林地の山道であるから、足下も悪い。こんなところへ所長を連れて来ても登れなかった。あー危ない、危ない。
谷地から少し立ち上がった所に桧の巨樹は立っていた。
周りの20年生の杉と違い、田んぼの頃からそこにあったそうだ。丁度、畦道に当たる場所。残されている他の切り株を見ると何本かあったようだ。最後に残された一本。少し離れて見上げると、水溜まりに面して広い空間に立ってるので、樹冠までよく見渡せる。堂々とした体格だ。
これで一つ心配が解消したんです。てっぺんまで見えると云う事は全体像が撮影出来ると云う事。
全体を撮影する事を「引き画」を撮るとか「引き」とか表現しますが、植林地に限らず、森の中と云うのは見通しが悪いものです。樹の根方だけ見えても全体が理解出来ないと、ちょっと片手落ちな印象ですよね。
根からてっぺんの梢まで見えたというのは大した事なんです。事前に社長も「見えますよ」と云っていたが、実は素人の見えると撮影者の見えるはちょっと違うのです。
人間の目というか脳はうまく出来ていて必要ないものは、見なかった事にする回路があるんです。よくある事例では電線越しの風景も電線を削除して風景を楽しめるのが人の脳。カメラは正直に電線越しの富士山を撮ったりする。それを画面で見るときは、なぜか電線を削除する機能や回路は働かない。へたな撮影と評価されておしまい。
ですから今回は自分の目で見れたので安心したのです。
三つ紐伐り保存会の面々はそう簡単に安心は出来ないようでした。つづく
をはら筆
スポンサーサイト
民映研の日常
バナー旧太田家新作報告 バナー対論日本3

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。