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埼玉の押し絵羽子板

2011/02/25 Fri 14:44

民映研のアチックフォーラム銀座吉水・上映会で「埼玉の押し絵羽子板」を上映するに当たり、リーフレット「MIRU?」に掲載されるカメラマンのつぶやきコーナーの原稿を依頼されたので、「埼玉の押し絵羽子板」を観た。
1991年作品ですから、20年前の作品。技術的には丁度16ミリ映画とビデオ映像の端境期に当たる頃の作品です。

久し振りに作品を観て、フィルムとビデオとでは、同じ映像表現でも表現方法に随分と違いがあった事を思い知らされた。
現在の価値感ではビデオ的表現方法に軍配が上がるのだが、当時はまだまだフィルムの方がいいと本気で思っていた。(というか、両者は異質なものなので比較検討する事自体がナンセンスだと思いますが)
「埼玉の押し絵羽子板」を観て思うことは、ワンカットずつ丁寧に撮っていると云う事。丁寧というと聞こえはいいのですが、実はコストパフォーマンスがあまりにも低く、苦労した痕跡とも言えます。
フィルム撮影のコスト(フィルム代・現像費・プリント費)はとても高価、その為にフィルム使用量に制限があったのです。30分の映画を作る為に使用出来るフィルムは3倍程度だったのではなかったか。記憶が定かではないので、いい加減な数字ですが5倍はなかったと思う。
3倍と云う事は90分間撮影出来るフィルム量という事です。ビデオ感覚で表現すると90分テープ一本で、完成30分の作品を撮るなんて、今では至難の業です。はっきり言って無理!
このコストパフォーマンスの問題こそが、記録映像制作にはビデオが向いている最大の理由だと思われます。つい最近まで画質では電気信号のビデオより化学変化のフィルムの方が優れていましたが、現在ではほとんど神話となっています。
圧倒的な画質とコストパフォーマンスを手中にしたビデオ環境は無敵かと云うとそうでもない一面もあります。
羽子板がワンカットずつ丁寧に撮られている理由の一つはコストなのですが、それ故に手に入れるものもあります。逆に言うとビデオ環境になって忘れた事もあるという事です。
単価の高いフィルムを使うと、押し絵羽子板製作の中の何を撮影するか、そのフィルム割当量の案配はどうするか。それらを事前によく考えておかなければなりません。撮影計画をフィルム量を鑑みて考えるのです。その為には下見も必要になります。完成30分に入れる項目とその割合も計画します。計画を記したものが撮影台本です。記録映像ですからあまり細かく取り決めた台本はありませんが、全体のイメージの共有化は大切な事でした。
撮影現場では、計画に沿って羽子板職人さんを追う訳です。でもね、あらゆる職人さんの仕事は見ていると、とても面白い。興味が尽きない。で、結局フィルムを使い過ぎたなんて事が日常茶飯事に起こる。カメラが回っている時は「1、2、3、4、5、6、7・・・」とカウントしたりした物です。
ですから、ワンカットに写る画面の構成も良く考え、職人さんの行為の中のどの部分を撮るかもよく考える。大切なワンカット数秒間にいろいろ詰め込む作業をしていたわけですね。
ところがこれをビデオカメラで撮影するとですね・・・。つづく
をはら筆
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