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民映研作品4「うつわ ~食器の文化~」という映画がある。
1975年に製作された作品で、民映研作品では非常に珍しいことにオリジナルの音楽が使われている。
先日倉庫を整理していたところ、この写真のテープを発見した。
(と言っても、僕が見つけて喜んでいるだけで、ずっと民映研としては保管はしているのだが・・)
別の仕事でスタジオに行ったおりに、このテープを聴き、ProToolsでデジタル音源としてきた。

この作品は、非常に僕の中では特別な存在。
というのも、作曲をしたのは林光さん。
当時、うちの兄が林光さんに作曲を習っていた関係から、父(姫田)が作曲を依頼したと記憶している。
そして音楽が録音されたスタジオ(昭和50年7月 新宿の太平スタジオ)へも、兄と見学に行った。
僕は当時小学校3年生。いまでも鮮明に憶えている。

記憶では、光さんがピアノ・チェンバロ・チェレスタを弾き、フルート、ヴァイオリン、チェロという編成。
ラッシュ・フィルムを投影し、そこに音楽を演奏してつけていく。
現在では、映像に音楽を付ける場合、PC上のDAWソフトに録音ファイルを貼って(?)いくのが主流だが、
当時のことだから、昔(?)からの方法で、映画フィルムを投影しながら生演奏をしていた。

さて、「民映研作品には音楽はいらない」・・・・??との発言がある。
これは、この作品が出来上がった直後に「民族文化映像研究所」の看板を揚げ、
その発会式の席上で、発起人である宮本常一先生が言い放った・・・と記憶している。
しかも、その席のとなりに、当の作曲家・林光が同じく民映研の発起人として座っていた。
まぁ なんと大胆なことをいいなさる・・・と思える宮本先生の発言である。

この発言は、僕は確かに言えていると今でも思っている。(賛同している・・・)
この何十年、民映研に携わったスタッフの多くも同じ意見なのではないだろうか?
やはり淡々と行事や技術の行程を記録している映像に、音楽というその現場に実際に無かった「音」が
存在する違和感が、そう思ってしまう由縁ではないかと僕は思っている。
実際の問題としては、大変お金がかかる音楽を依頼する余裕が無かった・・のが実情なのだが・・。
僕自身も以前は音楽を民映研作品のために作っていたことがある。
作品名は伏せるが、連作の作品。作曲料は1作品あたり1万5千円。
ひぇ~ 音楽屋を殺す気ですか!?と、わが父ながら民映研代表を恨んだものだ。
実情は予算の関係上、音楽作曲料は捻出できず、選曲料しか予算準備していなかったのが理由なのだが。

いまや映像に音楽はあふれ、著作権フリーの安易な音楽は家電量販店だって買うことが出来る時代。
しかしこの作品の音楽は、今とは全く違っていて、
それこそ製作スタッフとしては、清水の舞台から飛び降り積もりで、作曲を依頼したのだと思う。


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さて、このテープ。いわゆる「マザーテープ」。
完成した「マスターテープ」ではない。
マザーは、音楽を録音したテープで、いわば「元テープ」。
実際の映画作業では、このテープからやりくりをするので、ダビングをして使う。
どうやら昭和50年以降、一度もこのテープは再生された経緯がないようで、
非常に保存状態が良かった。
今は亡きスコッチの6ミリテープ(オープンリールのテープ)。中には粉が吹いたり、べっとりしたり、
36年経たものは再生も出来ないことがあるという。
そして「転写」と言って、密着したテープは、テープの他の部分の音が入ってしまうこともあるそうだ。
テープもウニョウニョせず、バッチリ再生出来た。

何故、いまこの音楽を出して来ているのか・・・。
上記に書いた、民映研の音楽使用について、いま一度考えているところなのである。
以前はこの作品の音楽が、どうしても違和感があり、正直あまり好きではなかった。
だが、ここのところ「うつわ」という作品をみるにつけ、考えが変わってきたのだ。
「いいではないですか! この作品!」と。
演出の姫田は当時47歳。 まだ民映研の看板を揚げておらず、作品も3つしか製作していない。
作品の中では、その姫田自身が旅をして、写り込んでいる。
今では雄弁な?姫田だが、この作品では台本は書いているとは言え、
ただただ旅をして、映像に映り込まれている。
監督自身が写っている作品も珍しい・・・。
伊藤碩男と小泉修吉と姫田という、3人組での製作は勿論。ナレーションは糸博さん。
映画では「わたし」という姫田があり、そのわたしの声は糸さんなのだから、「子供」としてはちょいと変?。
今年僕は46歳になるのだが、ちょうど父の当時の年齢になっている。


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(現在も精力的に活動を続ける林光さん 山形市で撮影)

だいぶ話が長くなってしまい、ホントは小原方式で「続きもの」にすべきなのだが、一気にアップする。

何故? の続きだが、
今年、林光さんは80歳を迎える。
それを記念して、現在僕は1年かけて林光の活動を追っかけている。(民映研の仕事ではない)
とにかくお元気な光さん。 その過密スケジュールには本当に驚かされる。
ここでなんとか・・・80歳を迎える林光と、今年35周年を迎える民映研を繋げられないものか・・・と、
思案中なのである。







**********************

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このテープのラベルには、「民族文化映像研究所」の名前はまだない。
製作は小泉さんの「グループ現代」を通して作られていた時代なのだ。
(くどいが、この翌年、民映研は旗揚げする)

会社名に「蝸牛出版社」とある。
当時、林光をはじめ、福田善之、観世栄夫、佐藤信など、蒼々たるメンバーが所属していた事務所のようだ。
この蝸牛社を通して、音楽録音を依頼したようだ。

まだまだ話しを続けるのだが・・・

ここで少し、身内の宣伝をば。


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この「林光 Paris1923」というCDがある。
「林光」とあるが、これはうちの兄(姫田大)が作ったCD。
全曲、光作品を演奏し、録音している。
昨年10月に発売し、実は好評で重版した。

このCDについては、こちらを見ていただければ。

CDの中心となる「Paris1923」という曲集は、兄が林光さんに委嘱した作品だ。
ギターのヴィムさんと、歌と語りに民映研でもおなじみの新井純さん(元・黒テントの看板女優)の3人で録音。

このCDについては、長くなるので書かないが、光さんのHP「光通信」に良い文章を以前載せてくれた。
→ 「光通信」70号


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(あ、ちなみに、CDジャケットなどの写真は僕が撮りました!)

このブログをサボっている僕なので、まったく宣伝してこなかったことを現在悔やんでいる。
小原さんの筆で、かなりまた活発になってきたこのブログ。
「いいんでないか!」と思い、このような記事をアップしている。
始めた頃は、非常に「こんなの」ばかりだったこのブログ。
あまりにも不真面目なので、僕は地下に潜り、別のブログを始めて早3年!


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昨年のコンサート「クロスロード2010」より


現在のこのブログ、まじめな今井千洋さん、ちょいと不真面目な小原さん、そしてまったく不真面目な僕という
3人で、勝手に復活した・・・ような気がします。 よろしく!     (姫田蘭)





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