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三つ紐伐り顛末

2011/02/19 Sat 11:29

その6
撮影の基本はね、いろいろあるのですが、ある場面を構成するのに絶対必要な画面は、場所や行為の全部、全体を理解出来る「画面」です。
因みに撮影用語では、一つの画面を「カット」と呼びます。映像はカットがつながって出来ています。1カットは数秒から数十秒が標準的で、カットが次々変わって場面が構成されています。このカットの塊である場面を「シーン」と呼びます。ワンシーンの中には、いくつものカットが集まっているのです。
そのシーンの中に入る全体が分かるカットとは何でしょうか。
想像してみて下さい。鳶職が高所で作業しているところを。
高い場所の現場といっても様々あります。何か大きな建物の現場とかダム建設現場とかです。映像で鳶職の仕事を表現するならば、彼らが今働く場所が分からないといけません。そこで彼らが働く現場全体が分かるカットを撮影する必要が生まれるのです。そのカットがあると、そこがスカイツリーのてっぺんだと分かったりする訳です。
この時、鳶職の仕事を細かく観察し撮影するためには、彼らの近くにいなければなりません。つまり、カメラもスカイツリーのてっぺんにいなくてはならないのです。そして、全体を説明するためには、スカイツリーのてっぺんから降りて、スカイツリー全体が見える場所まで移動しなければなりません。600m以上の高さを画面に入れるためには、遠く離れる必要があるのです。スカイツリー建設の作業は著しく素早い仕事ではありません。ですから、一台のカメラでも、撮影場所を変えながら撮影が行えます。
では、巨樹の伐採はどうでしょうか。
ヨキで木に切り込みを入れる作業はそれなりに時間が掛かる作業ですが、最後の一振りの後、巨樹はゆっくりではありながら、あっと言う間に倒れます。この「最後の一振り」と「倒れる巨樹の全体像」を一台のカメラで撮影する事は不可能です。
三つ紐伐りでの伐採を記録するには、この一瞬のためにどうしてもカメラは二台必要となるのですよ。つづく
をはら筆   
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