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三つ紐伐り顛末

2011/02/11 Fri 12:56

その3
所長姫田の知人の紹介で、南木曾(なぎそ)の人は民映研に電話をして来た。
三つ紐伐りが行われる一ヶ月ほど前だったかな。「三つ紐伐りを記録しておきたい」と。
この三つ紐伐りと呼ばれる伐採方法が行われる事は滅多になく、しかも今回の樹はとても大きいらしい。しかし、電話から伝わる情報はとても少なかった。記録してどのように使うのか利用したいのかがはっきりしなかった。
映像は取り合えず撮っておくのがとても難しんですよ。
ある目的のために、撮影する方法を考えるのが正当で且つ簡単なんです。
たとえば、所長姫田が公園で大好きなトンカツ弁当を食べている。それを撮影しよう。
さて何を撮るか?この事です。
おいしそうに食べる所長を撮る。
お弁当食べる人の箸の使い方を撮る。
トンカツ弁当の構成を撮る。ご飯の中心に陣取る梅干しが焦点。
お弁当を食べるのに適した気持ちのいい公園を撮る。
所長がトンカツ弁当を食べる様子は目的と意味とか関係なく事実でしかないのです。
でもね、その目的次第で撮り方は無限の選択肢が考えられるのです。
この映像は、梅干しの歴史の作品かもれない。
この映像は、お箸の工芸作家の作品かもしれない。
この映像は、所長姫田を紹介する作品かもしれない。
どれがテーマでも、おいしそうにトンカツ弁当を食べる所長姫田を描く事は変わりないのですが、その次に来るカットは千差万別です。
梅干しのアップ。
お箸のアップ。
所長の嬉しそうな顔。
何に焦点を当てるかがはっきりしない撮影は、実に半端な仕事になる可能性があるのです。
そうは言っても、必ず明快な目的を定めて撮影に望む分けではないのも事実。自称「行き当たりばったり作戦」とか「犬棒作戦」というのもあるのです。これについては後述。
今回は南木曾の人がいずれ来所される由、待つ事にした。つづく  を筆
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