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11月13日の第2金曜日は、東京銀座のお宿吉水で
定期上映会「銀座吉水アチック・フォーラム」が開催されました。


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いつも明るく活気溢れる女将と姫田の掛け合いも楽しみのひとつ。笑いが絶えません

今回のお食事は、里芋と玄米のごはん&野菜のつけあわせいろいろ。
いも・にんじん・たまねぎなど、体を温めてくれる根菜たっぷりの献立は
「そろそろ冬支度の時期ですよ」と、季節の変化を告げているようです。

そして上映会では、先日10月後半のアチック・フォーラムにつづいて
映画作品No.95『寝屋子─海から生まれた家族─』を上映しました。

本拠地である民映研のアチックと吉水のアチック、両方の会に出席された方は
同じ作品を連続して観て、さらにお話の会に参加することになるわけです。
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12月まで上映と講演の予定がびっしり。比例して話の密度も濃くなっているような…

私も同じ作品を連続して観たひとりなのですが、初見で見逃していたことを
新たに発見したり、認識を改めたりすることが多々ありました。
また上映後の話も、一度目には聞かれなかった現地での事例報告や
姫田の発見・感想・疑問といったものが、いくつも出てきたように思います。
寝屋子には、それだけ多くの学ぶべきこと、教えられることがあるのでしょう。

「寝屋子は今もつづいていますか?」

参加者の方から質問がありました。寝屋子は今もつづいています。
寝屋子の子をあずかる寝屋親は、無報酬でその役を引き受けます。
数年前に姫田が答志島を再訪した際の報告がありました。

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今回も上映後の座談のなかから、個人的に印象に残った
ヒメダのコトバをご紹介してレポートを終えたいと思います。



(前略)

どういう成熟の度合いの段階でしょう、ということをまずひとつは理解をする。
で、目的であるなんとかを…という、そういうものの設定の仕方の角度からも
考えなきゃなりませんが。それを施すというか施行される人間の成熟度という
ものと照らし合わせていかにゃならん、と思います。

なぜそれを言ったかと言いますとですね、小学校の低学年と中学年と高学年と、
おおまかに言うとありますわね。中学年あたりはね大きな変化の時期ですから、
1,2年生のオチビさんと5,6年生のお兄ちゃんお姉ちゃんたちとは違う。
転換期なんですよ。で、いっちばん大事なのは、その転換期が大事なの。
と、僕は思うんです。

通過儀礼とかなんとかっていうこれなんかも、寝屋子の少年から青年期へ
あの制度を生み出してそれを一生懸命伝えてきておられるということは、
そのある成熟の段階にどういうことを身につけることが必要かということの
経験率だと思うんですね。

(中略)

今、僕は「こういうことを提案します」みたいなことは…、僕は政治家じゃないし
社会学者じゃありませんし、という意味でですね。しかし心の中には持ってます。

というのは、日本中でいろいろな事例を同じ日本列島の中でも今でもつづけて
おられるということを、少数ですけど自分なりに体験はしていますから。
なぜその事例をもっと活用できないの? それを大事にできないの?
という思いは、いつもありますよ。

(中略)

(『寝屋子』の自主制作を指して)これ、自分たちの思いでやってるんです。
基本はね、その思いという、今「思い」という言い方をしましたけど、
その思いがないところで制度化も社会化もダメだと思います。
それを問い直さなきゃならない。今、まさにそうだと思うんです。
そのいい例がですね、今の青年たちがどれだけ迷ってますか。
……とさえ、思うんですよ。

(後略)




みなさまは、どのような映像・言葉がこころに残られましたか。

次回のアチック・フォーラム銀座吉水は、12月11日(金)開催。
上映作品は『たまはがね』を予定しております。
予約・お問い合わせは、銀座吉水のwebサイトをご覧ください。

(写真・姫田蘭/文・白石千洋)
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アチック・フォーラムから
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