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次回1月24日(土曜)のアチック・フォーラムは・・・


『シシリムカのほとりで ―アイヌ文化伝承の記録―』

◎1996年/152分/平取町・北海道開発局室蘭開発建設部沙流川ダム建設事務所/
北海道沙流郡平取町二風谷、日高町、沙流川流域


アイヌの人々は明治以降、急激に日本国家へ内包され、その生活や文化は大きな変化を余儀なくされてきた。そのなかでもなお承けつがれてきた大自然との共生のありようを、かつて行われていた馬による農耕や、古くは縄文期の人々の生活を伺わせる石器による丸木舟づくりなどの再現、復元を行ないながら、沙流川流域・二風谷のアイヌの人々の姿と共に記録した。

P1020848.jpg
*撮影時の写真ファイルより*
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この「シシリムカのほとりで」は民映研作品No.100。
すなわち記念すべき百本目です。
今や映画と言っても、ビデオで撮ってフィルムにすることが多くなってしまっていますが、
この作品は純粋の(?)映画フィルム作品(16ミリフィルム)です。
何故こんなことを書くかというと、フィルム=お金がかかる ということがあります。
それなのに・・・・この作品は152分もあります。
(私は若い世代なので、「そんなに長くしなくても・・・・」と思ってしまいますが)

民映研、というか姫田のお家芸とも言える、『対話体形式』のナレーション。
当時参議院議員だった故・萱野茂さんがスタジオで、姫田と録音した最後の作品となってしまいました。

P1020840.jpg

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民映研の主な作品には「資料集」というものがあります。


No100shiryou.jpg

作品解説と映画の台本が書かれています。

P1020855.jpg

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資料集の巻頭に姫田の文章がありますので、この機会に紹介!



民映研作品・百号
営々たるアイヌ民族の日常の記録

民族文化映像研究所所長 姫田忠義

 今年(1997年)3月に完成したこの長編記録映画『シシリムカのほとりで ―アイヌ文化伝承の記録』(16ミリカラー・2時間32分)は1994年から3年間、北海道沙流郡平取町二風谷で行った記録作業の成果である。そしてわが民族文化映像研究所の百本目の記録映画作品でもある。

 民族文化映像研究所が、はじめてアイヌ民族の記録作業を行ったのは、1971年(昭和46年)4月の『アイヌの結婚式』であった。
 二風谷におられたアイヌ・萱野茂氏から姫田に呼びかけがあり、実現したもので、民族文化映像研究所の2本目の記録映画作品であった。
 以来、26年。
 萱野氏をはじめとするアイヌのウタリたちと私たちとの交友・共同作業がつづき、アイヌ民族とその文化の記録作業は民族文化映像研究所の作業の重要な主柱のひとつとなっている。
 その間に、『チセ・ア・カラ ―われら家をつくる』(1974年)、『イヨマンテ ―熊おくり』(1977年)、『沙流川アイヌ・子どもの遊び』(1978年)、『標津・竪穴住居をつくる』(1984年)、『沙流川アイヌ・子どもの遊び ―冬から春へ』(1984年)などの記録作品群が生まれ、作品としては未完成であるがビデオによる記録作業『ジ・アイヌ(仮称)』や、同じくビデオによる記録『日中北方民族の文化比較研究』も並行している。
 そしていま、『シシリムカのほとりで ―アイヌ文化伝承の記録』が誕生した。

 これは、先にも記したように、民族文化映像研究所の百本目の記録映画作品である。
 1961年(昭和36年)に、日本、そして世界の基層文化の記録を志して活動をはじめ、1976年(昭和51年)に民族文化映像研究所という組織体を生む出した私たちが到達しえた記念すべき百本目の作品がアイヌ民族の記録であった。私たちとアイヌ民族との縁の深さを啓示しているのであろうか。
 この作品が完成した1997年という年は、アイヌ民族の歴史の上に特筆すべき、記念すべき年である。
 「北海道旧土人保護法」の廃止と、新しい「アイヌ文化振興法」の制定。
 1899年(明治32年)、明治政府によってつくられた「北海道旧土人保護法」の廃止は、日本政府ならびに日本人の支配と、その桎梏下に苦しめられてきたアイヌ民族の歴史に大きい天気が訪れてきたことを意味している。
 が、同時に新しく制定された「アイヌ文化振興法」がアイヌ民族の願いと幸せを実現するための新しい法的手がかりでありうるかどうか。
 故貝澤正氏は、こう言っている。「非文化的な日本人に支配されたことが、アイヌの不幸だった。」痛烈なこの告発とアイロニーを、今後私たち日本人がどう自らの痛みとして受け止め、背負い、考えつづけて行くことができるか。
 今回完成したこの『シシリムカのほとりで』は、二風谷という地域におけるアイヌの人びとの生活誌であるとともに、明治以後、日本政府によって強要されたアイヌの農耕民化の苦闘の足どりを、むしろ坦々と証言している映像証言録でもある。
 私たちは、3年間、二風谷に家を構えさせていただき、重層する制約や作業的限界を噛みしめながら、この地域でのアイヌの人たちの日常生活とその歴史的文化的意義を少しでも明らかにしようと心がけた。
 営々たる地味な日常の行為の集積なしに、民族、人間の存在の尊さをしることはできない。

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P1020852.jpg

(姫田蘭)
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